【ベトナム進出/移住】ハノイはホーチミンにならない理由
はじめに
ベトナムに進出する前も、そして進出した後も、繰り返し耳にしてきた言葉があります。
「ハノイは、ホーチミンよりも、5年遅れている」
ホーチミン市が先に発展し、ハノイはその後を追っている。
多くの人が、この前提を疑うことなく受け入れています。
そして自然に、こう考えます。
「ハノイも、いずれホーチミンのようになる」
しかし、本当にそうでしょうか。
もし、この前提自体が間違っているとしたら、どうでしょうか。
私はハノイで過ごす中で、ある違和感を持つようになりました。
それは、「遅れている」のではなく、そもそも進化の方向が違うのではないかという感覚です。
本記事では、ハノイの都市構造を紐解きながら、「ホーチミンとは同じ未来を辿らない都市である」という仮説を提示します。
【起点】Tu Tranというハノイの見えない都市設計
ハノイには「Tu Tran(四鎮)」と呼ばれる概念があります。

これは、都を守るため、東西南北に守護の祠を配置するというものです。
- Den Bach Ma(東鎮)
- Den Quan Thanh(北鎮)
- Den Kim Lien(南鎮)
- Den Voi Phuc(西鎮)
このTu Tranという概念は、1010年にタンロン(現在のハノイ)が首都として整備された時代に遡ります。
当時の王朝は、都を守るために、四方に守護神を配置して都市そのものを結界のように設計しました。
実際に、四つの寺院はそれぞれ東西南北を守る存在として位置づけられ、「都を守護する四神」として機能していました。
つまり、「Tu Tran」とは、単なる信仰ではなく、都市設計の基盤なのです。
*Tu Tranの詳細は、政府サイト「Tu tran Ha Noi – Net van hoa lich su dac sac」をご参照ください。
なぜ人々は今もそこに行くのか
「Tu Tran」は、過去の遺物ではありません。
現在でもハノイの人々は、旧正月などの節目に訪れます。
例えば、Den Quan Thanhには、時期を問わず多くの参拝者が訪れています。
そこで人々は、健康や幸運を祈ると同時に、先祖や歴史に敬意を示します。
つまり、都市を守るという考え方は、今も生活の中に残り続けているのです。
Tu Tranは都市の前提条件
ここで重要なのは、「Tu Tran」を単なる観光資源として見るのではなく、都市の前提条件として捉えることです。
ハノイはもともと、次の前提の上に成り立っています。
- 守るべき中心がある。
- 方角と意味が与えられている。
- 都市全体が一つの構造として設計されている。
ハノイは、こうした考え方を前提に作られた都市です。
この視点に立ったとき、次の疑問が生まれます。
「では、その思想は現在の都市構造にどう影響しているのか?」
次章では、この章で述べた「見えない設計」が、どのように現代のハノイの形として現れているのかを見ていきます。
【構造】なぜハノイの中心部は変わらないのか
ハノイの「壊せない中心」
「Tu Tran」は、現在の都市構造にも色濃く残っています。
例えば、ハノイ旧市街や、ホアンキエム湖周辺を歩くと、ある共通点に気づきます。
都市の中心には「壊せない核」があり、歴史的な街区はそのまま維持され、
本来であれば再開発されてもおかしくないエリアが、残り続けている。
これは偶然ではありません。
ハノイには、「壊せない中心」が明確に存在します。
そしてそれこそが、Tu Tranのような概念が現代に残った「具体的な形」です。
一方で、この構造はホーチミン市には見られません。
確かに、玉皇殿やティエンハウ寺といった信仰施設は存在します。
しかし、それらはあくまでコミュニティ単位のものであり、都市全体の構造を規定するものではありません。
ホーチミンは、植民地時代以降に再編され、経済合理性と機能によって拡張してきた都市なのです。
そもそも役割が違う都市
ハノイとホーチミンは、そもそも担っている役割が異なります。
ハノイは政治・行政の中心であり、ホーチミン市は経済・商業の中心です。
この違いは単なる都市としての機能差ではありません。
都市が優先する意思決定の基準そのものを変えます。
ハノイでは、安定や秩序、歴史との整合性が重視される。
ホーチミンでは、成長速度や効率、投資回収が優先される。
つまり、同じ開発であっても、「何を優先して判断するか」が根本的に違うのです。
その結果として、都市の発展の仕方は明確に分かれていきます。
実際に起きていること
では、この違いは現実の都市開発にどう現れているのでしょうか。
ハノイでは、中心部の再開発は限定的に進み、歴史エリアは維持され続けています。
その一方で、新たな開発は西側や郊外へと拡張しています。
結果として、都市は次のような構造へと分かれていきます。
- 中心:文化・政治・象徴
- 外縁:経済・開発
つまりハノイは、均一に発展する都市ではなく、役割ごとに分化する都市になっています。
ここまでを整理すると、ひとつの仮説が見えてきます。
ハノイは、ホーチミンのように一直線に拡張する都市ではない。
歴史的概念によって制約されながら、別の形で成長する都市である。
【比較】二都市の進化ルールの違い
ここまでを整理すると、ハノイとホーチミンには明確な違いが見えてきます。
この違いは単なる文化差ではなく、都市がどう発展するかを決める前提条件の違いです。
類似ケース|なぜ京都は変わらないのか
この構造は、京都と東京の関係にも近いものがあります。
私は京都で生まれ、東京をはじめ、日本各地で生活・仕事をしてきましたが、ハノイとホーチミンの違いには、京都と東京(あるいは京都と大阪)に近い感覚を覚えます。
京都には、次のような特徴があります。
- 歴史的中心が維持される。
- 見えない制約が開発を抑制する。
- 文化と観光が都市の核になる。
実際に京都では、京都景観条例(景観を守るための日本で最も厳しい景観条例)が設けられています。
建物の高さや色、看板や屋根の傾斜角度に至るまで制限されているのは象徴的な例です。
重要なのは、これが単なる制度ではなく、「守るべきものがある」という共通認識から生まれている点です。
ハノイもまた、同じように壊せない前提を持つ都市です。
*京都府景観条例の詳細は、「京都府公式サイト」をご参照ください。
北部と南部で起きている二都市成長モデル
ベトナムでは今、異なる二つの成長モデルが同時に進行しています。
北部:広域でつながるネットワーク型成長
北部では、ハノイを中心に、周辺地域との接続を強める動きが加速しています。
例えば、ハロン湾方面では、大規模な都市開発やインフラ整備が進められており、Vingroupによる住宅、観光開発も象徴的な動きの一つです。
また、ハノイ〜ハロン湾間の交通接続も強化が進められており、都市単体ではなく、広域で一体化する動きが見られます。
これは、「ハノイは政治・中枢、ハイフォンは港湾・工業、クアンニンは観光・リゾート」といった形で機能を分担しながら成長する、分散型ネットワークモデルです。
*北部の経済圏拡大は、『【ベトナム進出/移住】”Vingroup” が仕掛ける北部都市設計の正体』をご参照ください。
南部:メガシティとしての一体拡張
一方、南部では異なる動きが進んでいます。
ホーチミン市を中心に、ドンナイ市やビンズオン省などを巻き込みながら、都市圏そのものを拡張していく流れです。
特にドンナイ市については、2026年4月30日より、省から中央直轄都市へ、つまり、都市としての格を引き上げ、一体的に成長させる構想が具体化しています。
これは、都市を外側へ広げながら一体化していく“メガシティ型”の成長です。
*ドンナイ市への昇格に関する記事は、以下をご参照ください。
- Tu hom nay (30/4), Dong Nai chinh thuc la thanh pho truc thuoc Trung uong thu 7 cua Viet Nam
- Tuoi Tre – 7 thanh pho truc thuoc Trung uong
二都市の成長ロジック
この違いを整理すると、次のようになります。
- 北部の一体化(ネットワーク型)
「都市同士をつないで機能分担する」
ポイント:それぞれの都市は「独立した役割」を持ち、ハノイに全部を集約しない分業前提。 -
南部の一体化(メガシティ型)
「都市を拡張して一つにしていく」
ポイント:機能がホーチミンに集中し、周辺都市は「延長線」となる吸収型。
なぜこの違いが生まれるのか。それは、都市の性質そのものに起因します。
- ハノイ
政治・歴史・制約 → 1都市に集約しきれない → 分散 - ホーチミン
経済・効率重視 → 集めた方が速い → 集中
将来予測|ハノイはどう進化するのか
これまでの内容を踏まえると、ハノイの未来は明確です。
中心部は保存され続け、開発は引き続き郊外へシフト、都市は「役割ごとに分かれる構造」になる
つまり、ハノイはホーチミンの後追いではなく、独特のルートを歩むはずです。
なぜなら、これまで見た通り、進化のルールが異なるためです。
これらの違いを理解しない限り、都市の未来は読み違えます。
ビジネスへの示唆
この違いは、そのままビジネス戦略の違いになります。
- ハノイ中心部:ブランド・信頼・ストーリー
- ハノイ郊外:スケール・効率・開発
- ホーチミン:スピード・拡張・最適化
同じベトナム市場でも、戦い方は全く異なります。
この前提を持つかどうかで、結果は大きく変わります。
おわりに
本記事では、実際に起きている都市開発の動きと、現地での居住感覚をもとに、ひとつの仮説を提示しました。
ハノイはホーチミンの後追いではない。
そもそも、異なる進化のルールを持つ都市である
という仮説です。
ベトナムは日本から見れば「ひとつの海外市場」ですが、実際には都市ごとに前提条件が大きく異なります。
その違いを理解しないままでは、同じ戦略を当てはめても結果は出ません。
だからこそ重要なのは、現地動きや慣習等を捉えた仮説を立て、検証と改善を繰り返すことです。
本記事が、その一つの視点になれば幸いです。
ベトナムでの事業戦略や市場理解についてお困りの際は、お気軽にご相談ください。
また、省から中央直轄市への格上げに関する政府の方針については、公式サイトも参考になります。
「DANH MỤC cac tinh dinh huong tro thanh THANH PHO TRUC THUOC TRUNG UONG; ĐO THI loai I, II, III」