【現地情報】ベトナム飲酒規制が示す『制度と文化のズレ』
はじめに
2026年5月から、ベトナムで飲酒規制が強化されます。
職場での飲酒や未成年へのアルコール販売に対して罰金が科されるなど、ルールはこれまで以上に厳しくなります。
罰金額は最大で数百万ドン規模とされており、勤務時間中の飲酒も対象です。
一見すると、単なる規制強化のニュースに見えるかもしれません。
しかし、この変化はそれほど単純ではありません。
これは飲酒という行為の話ではなく、その背後にある文化の前提が揺らぎ始めているサインです。
本記事では、改正内容を整理しながら、この飲酒規制の裏側で起きる変化について解説します。
本件のポイント
今回の飲酒に関する規制は、「保健分野における行政違反の罰則」に関する枠組みの中で整理されています。
ベースとなるのは、以下の政令です。
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Nghi dinh so 117/2020/NĐ-CP
保健分野における行政違反の罰則を定めた基礎政令 - Nghi dinh so 90/2026/NĐ-CP
同分野における罰則を再整理・強化した新たな政令(2026年5月施行)
今回の規制は、既存の枠組みに対して単純に追加されたものではありません。
新たな政令によって制度全体が再整理されたものと位置づけられます。
重要なのは、これは完全にゼロから導入された制度ではないという点です。
既に存在していたルールを前提に、その適用範囲や運用が、より実務に即した形で再構成された動きと言えます。
規制内容の整理
今回の規制では、主に以下の点がより明確に整理されています。
- 職場・教育環境における飲酒への罰則
勤務時間中や教育活動中の飲酒に対して、行政罰(罰金)が科されます。 - 未成年へのアルコール提供の禁止
18歳未満への販売・提供行為に対して、罰則が適用されます。 - 飲酒の強要に対する罰則
他者に対して飲酒を強制する行為も、違反として処罰対象となります。 - 特定環境における飲酒・提供行為の規制
職場や教育機関など、一定の環境における飲酒や提供行為について、適用基準が明確化されています。 - 罰則体系の整理
違反内容ごとに罰金が設定され、適用基準がより具体化されています。
これらの違反に対する罰金は、内容に応じて数十万ドンから数百万ドン規模で設定されており、行為ごとに細かく適用基準が整理されています。
つまり、今回の規制は、単に禁止事項を示すだけでなく、「どの行為がどの程度のリスクを持つのか」が明確に可視化された点に特徴があるのです。
飲酒規制の本質は「ズレ」にある
今回の規制強化の背景には、単なる健康問題だけでなく、飲酒に起因する社会的リスクの増加があります。
特に、職場や人間関係の中で発生する飲酒の強要や、それに伴う事故やトラブルは、個人の問題ではなく、社会全体で向き合うべき課題として認識され始めています。
そのため今回の規制は、「飲酒そのもの」を制限するというよりも、「飲酒が発生する文脈や関係性」に対して介入するものになっています。ここに、この規制の本質があるのです。
制度が文化に介入し始めている
これは、これまで前提とされてきた「飲酒=コミュニケーション」という文化への介入でもあります。
ベトナムでは、日本でかつて見られた「飲みニケーション」に近い文化が根付いています。
「1・2・3(モッ・ハイ・バー)」の掛け声とともに杯を重ねる光景や、平日でも賑わうビアホイで語り合う姿は、その象徴です。
飲酒は単なる嗜好ではなく、人と人との距離を縮める手段として機能してきました。
だからこそ、そこに規制が入るということは、単なるルールの変更ではありません。
制度が文化に踏み込み始めた状態だと言えます。
飲酒は「関係をつくる仕組み」
ベトナムにおいて飲酒は、人間関係を築くための有効な手段です。
信頼関係を深める場であり、ビジネスの文脈においても重要な役割を担っています。
食事や酒の席で距離を縮め、関係性が進んでいく。
こうした流れは、多くの現場で「当たり前」として存在してきました。
つまり飲酒は、文化であると同時に、関係構築を支える一つの仕組みでもあったのです。
制度は変わるが、人はすぐには変わらない
しかし今、その前提が変わり始めています。
法律は変わり、制度は更新されます。
一方で、人の行動や現場の感覚は、すぐには変わりません。
これまで通り、取引先との関係構築のために飲みに誘う場面は残るでしょう。
部下が上司からの誘いを断りづらい状況も、急にはなくなりません。
しかし、制度としてはその行為自体がグレー、あるいはリスクを伴うものへと変わりつつあります。
生まれているのは「正しさ」と「現実」のズレ
ここで起きているのは、「正しさ」と「現実」のズレです。
これまで正しかった行動が、制度上は正しくなくなる。
しかし、現場ではそれがすぐには止まらない。
このズレこそが、今のベトナムで起きている本質的な変化です。
そしてこれは、飲酒だけの話ではありません。
交通や社会ルール、あらゆる領域で同じ構造が起きています。
ズレは問題ではなく「前提」である
制度は変わります。
時代も価値観も変わります。
しかし、人はすぐには変わりません。
この2つは常にセットであり、変化の過程では必ずズレが生まれます。
重要なのは、そのズレをなくすことではありません。
ズレを前提としてどう扱うかなのです。
問われているのは「適応の制度設計」である
制度が正しいのか、現場の文化が正しいのか。
その議論に意味はありません。
問われているのは、その間に生まれるズレに対して、どう適応していくかです。
新しい取り組みを始めれば、必ずズレは生まれます。
それは企業でも、社会でも、家族でも同じです。
だからこそ重要なこと。
ズレを問題として捉えるのではなく、制度設計対象として捉えられるかどうか
この視点を持てるかどうかが、これからのビジネスや組織運営の質を分けていきます。
今回の飲酒規制でこれから起こることは、その象徴的な一例に過ぎないのです。
その他、2026年4月現在で起きた法令変更については、以下の記事もご参考に。